オーガニックで、ミニマルに。

有機にこだわる主婦の、食べること、暮らすこと、選ぶこと、守ること。

ルッコラの花を使ったサラダ。そして、福島米の給食を食べる千葉の子について考えたこと。

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気持ちのいい天気。

ルッコラの花が咲きました。

私はいつも、長く食べられるよう蕾を摘み取っていたんですが、追いつかなくてとうとう開花。

この花、なんと食べられるんですね。だから今日は、思い切ってサラダに使ってみました。

かぼちゃ、レンコン、豆とナッツのヨーグルトマヨネーズ和え。ルッコラの花を添えて。

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レンコンとかぼちゃは一緒に蒸して、時間短縮を。

口に含むと、レンコンのシャキシャキ感とナッツのコリコリした歯ざわり。そして、かぼちゃの粘り気のある甘さ。その奥に、わずかにピリっとルッコラの香り。

我ながら、よくできました。リピート決定です(笑)。

 

話は変わって、今日はとてもショッキングなニュースがありました。

千葉県の給食に、福島産のお米が提供されるというものです。

会津産米使用、学校給食提供始まる 千葉の公立小中校 | 福島民報www.minpo.jp

喜多方、西会津、北塩原の三市町村産米を使った千葉県市川市の学校給食が新学期を迎えた今週から始まった。公立小中学校全五十五校、約三万二千人に提供されている。(中略)

ほかほかの会津産米を食べた六年生(中略)は「もちもちしておいしい。かめばかむほど甘みを感じる」と話した。(中略)

 今後は週四日程度の割合で導入され、年間で約三百二十トンが消費される予定。三市町村と市川市の食育を通した交流の一環で、児童生徒らに福島県の食文化を理解してもらう。(2019/4/18閲覧より引用)

 

はじめに断っておきますが、私は「食べて応援」を非難したいわけではありません。

自分の意思で、確固たる信念を持って、納得した上でするのであれば、私は黙って見守ります。なぜなら、それは思想信条であり、誰にも邪魔はできないからです。

私が食の安全をモットーとするように、その人にだって心に決めたことがある。だったら、お互いそれを尊重しないとフェアじゃない。それが私の考えです。

でも、今回のニュースは違います。

子供たちは、会津産のお米を、給食という形で食べることになりました。これは、一体どういう意味なのか。

 

人が意思決定をする時、そこには十分な量の情報と、それに対するリテラシーがなければなりません。

たとえ明晰な判断力があっても、情報量が圧倒的に不足していたら。情報を選別するスキルが未熟だったら。きっとその人は、適切な判断を下せないでしょう。

これは大人に限った話ではありません。子供だって、同じです。

中には、子供の判断力は幼稚すぎて信用するに足りないと言う方もいますが、私は違うと思っています。生後3ヶ月だって空気は読めます。知らない人の前ではぐずりません。その人が帰り、もう泣いていい状況になったと確認してから、初めて大声で泣き始めるのです。皆さんだって、そうだったはず。

 

しかし、今回の子供たちはどうでしょう?

福島県産の米は、今や国が定める放射能の基準値を下回っているとされています*1。しかし、食の安全を少しでも勉強した方なら分かると思いますが、政府や公的機関のこういった情報は、もはや鵜呑みにできるようなものではありません。

今、日本はオリンピックに向けて、必死で安全性をPRしようとしています。福島県にある会場*2に、外国選手や観客を招き入れたい。そして、世界中に福島の事故は終わったのだと印象づけたい。食べ物の安全性や、事故処理のスムーズさを喧伝するのはそのためです。

こんな欺瞞と策略に満ちた大人のロジックを、子供たちはどれだけ理解しているでしょうか?

 

そしてもう一つ。私がとても卑怯に思うのは、これが給食という、子供たちが拒否できない形で始まったということです。

人間には、選択の権利があります。何を食べるか、どう暮らすか。子供であっても、その権利を奪われてはならないと私は思います。

そんなに嫌なら、嫌だと言えばいいじゃないか。そう言う方もいるでしょう。しかし、現実的にはどうでしょうか?

みんながおいしそうに食べているのに、先生が食べなさいと言っているのに、自分だけ「嫌だ」と言う。そんなことが、一体できるでしょうか?

子供たちは大人が求める「答え」をよく理解しています。その健気な子たちに、「私は食べません」などと言うことができるでしょうか?

親御さんの気持ちだってあります。ご近所付き合い、先生や学校との関係。それを考えたら、自分の子だけ食べさせないという事は、可能なんでしょうか? 

調和を尊重する日本人が、この状況に追い込まれたら。私は、NOと言うことなど、ほとんど不可能だと思うのです。

 

千葉県の子どもたちが、放射能汚染についてどれほどの知識を持っているのか、私は知りません。しかし、外から見えるのは、「大人が子供を特定の情報で囲い込み、圧力を与えることで選択の自由を奪っている」という構図。

そして、これは子どもたちの将来を奪うことでもあるのです。

私は、子供の頃病気になり、それからずっと薬が手放せない体になってしまいました。だから、一旦健康を損ねたらどうなるのか、少しは理解しているつもりです。

政府は、この給食を食べた子供たちに対し、責任を取ってくれるでしょうか? もし病気になったとして、失った健康を取り戻してくれるんでしょうか?そうなった時、大事な我が子を思う親の気持ちはどれほどのものでしょうか?

私は、疑問に思えて仕方ないのです。

 

*1:

www.nhk.or.jp

2019/4/18閲覧。

*2:

www.2020games.metro.tokyo.jp

2019/4/18閲覧。